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会津朝日岳 黒谷川 小幽沢

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会津朝日岳に登山道が無かった半世紀ほど前、山頂への登路として登られていたのが小幽沢である。朝日岳について館報只見にはこのような記載がある。「この山には浅草岳にある様な登山路は一本もなく、さらに登山ルートに至るまでの距離は長い。しかし、浅草岳の人をひきつけるものがその豊富な変化の調和であるとしたら、この山のそれは、暗く深い奥会津の山波の中にあって、独り天空を割合する岩の魅力であろう。」幽谷を登りつめてたどり着いた、かつての森閑とした会津朝日岳の山頂はさぞ忘れがたい場所だったに違いない。

苧巻岳

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双耳峰といえばどこの山を思い浮かべるだろうか。鹿島槍ヶ岳や谷川岳、燧ヶ岳などの一級品の山々だろうか。もしくは、二岐山や筑波山のような里に近い山だろうか。海谷の阿彌陀山や赤沢岳西尾根Ⅲ峰などと答えたならば、偏屈な登山者に違いない。いずれにせよ双耳峰とは、そのシルエットがキュートでチャーミングな存在である。

志津倉山

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志津倉山は美しいブナ林をお手軽に楽しめる親しみやすい山である。伝承や巨木、岩壁など見所も多く、新緑や紅葉も逸品だ。山遊びとしても、ハイキングに沢登り、岩登りに山スキーと多彩に楽しめ、実は氷も楽しめる。会津の山岳会の志津倉山氷瀑の記録には「しょぼい!」「しょん○ん氷だ!」などと記載があり、実に好ましい。たとえどんな氷だったとしても、季節やルート、遊び方を変えて何度も同じ山に足を運ぶことで、山登りに深みが増すことは自明の理である。

大殺山 袖沢南沢小屋場沢〜本沢

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袖沢流域は比較的親しまれている沢が多くある印象を受けるが、南沢源流域はそれほど賑わいを見せない。南沢一帯はは噴出岩地帯で壮大な岩壁を抱えており、袖沢流域の他の沢とは様相がまるで違うので興味深い。さらには、源流域の源頭部にはナメがひたすら続くという噂も耳にする。壮大な岩壁とナメの楽園、その先にある大殺山とは一体どんな山なのだろうか。

白戸山 袖沢南沢二ノ沢〜一ノ沢

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南会津の白戸山と聞いてピンとくる人は相当な南会津フリークに違いない。登山大系2には「白戸山へと突きあげる三本の小沢があり、(中略)かなりの急傾斜でナメ滝が続き、おもしろ味のある沢である」と白戸山の沢に関する興味をひく記述がある。

猿倉山南壁

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「み・な・み・あ・い・ず」と声に出してみただけでこのエリアに夢中になってしまうような"たいていの山好き"ならば、南会津の秘境岩峰「猿倉山南壁」に行きつくのは自然の流れであろう。村杉半島は白戸川と只見川を隔てた山地で田子倉湖により隔絶されており、南会津フリーク達の憧憬の地である。

丸山岳

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丸山岳は駒・朝日山群のほぼ中心に位置する奥深い山で、山頂に広がる草原地に池塘が点在しており、さながら南会津の桃源郷とも呼べる山だ。幽邃の谷を遡行し、別天地のような山頂に飛び出した時には、丸山岳に愛おしさを感じずにはいられないだろう。

城郭朝日山 城郭沢〜東の沢

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山毛欅沢山から城郭朝日山の支脈は、朝日ー駒の主脈の影に隠れ、地味であると言わざるを得ない。積雪のある時期には歩かれるが、無雪期は登山道が無く、派手な沢もないので登られることは稀である。だからといって退屈でつまらないという訳ではないはずだ。しずかなブナの森の中で過ごすひと時は十分に贅沢なものである。藪漕ぎのみで人跡稀なる山頂に登るプロセスには、山登りの純粋な楽しさが詰まっているだろう。というのは登山大系の受け売りでもあるが、心からそう思うのだ。

志津倉山 雨乞い岩

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志津倉山に伝わる伝承の一部を三島町史から紹介しよう。 山には古来から狗ひん様(天狗)が住んでおり、山奥で時々「空木返し」が起こる。空木返しとは、大木が倒れる音や、大石が転がる轟音が聞こえることである。空木返しが起きた後に山に行ってもなんの形跡もないという。狗ひん様の悪口を言えば、それがさらにひどくなると云われている。 猫啼き岩には、千年の歳を重ねた妖怪かしゃ猫が住む。かしゃ猫は人を喰うと恐れられている。また葬式の時に死人をさらうとも言われ、村人は葬式を真夜中にこっそり済ませるそうだ。 屏風岩には「父の胎」と「母の胎内」と呼ばれる洞窟があり、中に入ると廃人になると云われている。 雨乞い岩にも伝承がある。晴天続きの時に雨乞い岩に祭壇を設け、締め縄を張り、村人が集まって鐘と太鼓をたたいて「雨たんめいたいしゃくやい水たんもれ龍宮やい」と祈ると雨が降ると伝えられている。 ー 三島町史 ー さて、大沢コースから少し歩くと正面に見える、どっしり構えたスラブが雨乞い岩だ。沢の方へ下降するとすぐに雨乞い岩の基部に着く。雨乞い岩の構成は下部スラブ、中間テラス、上部スラブとなっている。下部スラブは傾斜がかなり緩く駆け上がることができるほどだ。右手の立派なフェース状の岩壁には、ボルトが幾つか散見された。かつて地元岳人のゲレンデだったのだろうか。テラスより上部は二俣となっており、下部より傾斜が強くなる。右俣は奥で更に傾斜を増して尾根に吸収される。左俣の左のスラブを登ると、奥でさらに二俣となる。どちらもそれほど傾斜は強くない。右俣に入り紅葉を眼下に快適なスラブを登りきると、あとは藪漕ぎ少々で山頂だ。志津倉山の登山道にいる巨木三兄弟の、ブナの「ブナ志津男」、トチノキの「栃太(ふとし)くん」、サワグルミの「沢クルミちゃん」も見所だ。ブナは志津男以外にも大きな木がたくさんあった。巨木好きにもオススメだ。たまには肩の力を抜いて、伝承や歴史を肴に里山登山を楽しみたい。素晴らしき哉、晩秋スラブ。 雨乞い岩 雨乞い岩基部 下部はゆるい傾斜 ボルトが打たれている 右俣の奥 下部スラブを見下ろす 上部は傾斜が増す 左俣の左 左俣左の奥の二俣の右 立派なブナが多い 栃太(ふとし)くん 沢クルミちゃん

蒲生岳

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蒲生岳は只見町のシンボルである。「会津のマッターホルン」という異名に恥じぬぐらいに鋭く尖り、雪崩に磨かれたスラブはギラつき、たかだか標高828mの低山の風格とはとても思えない、と言うと大袈裟であるが、小さい里山ながらもその特徴的な山容は季節問わず目を引く存在である。地元の人々をはじめ多くの登山者にに愛されている名峰であることは間違いない。