会津朝日岳 黒谷川 小幽沢


会津朝日岳に登山道が無かった半世紀ほど前、山頂への登路として登られていたのが小幽沢である。朝日岳について館報只見にはこのような記載がある。「この山には浅草岳にある様な登山路は一本もなく、さらに登山ルートに至るまでの距離は長い。しかし、浅草岳の人をひきつけるものがその豊富な変化の調和であるとしたら、この山のそれは、暗く深い奥会津の山波の中にあって、独り天空を割合する岩の魅力であろう。」幽谷を登りつめてたどり着いた、かつての森閑とした会津朝日岳の山頂はさぞ忘れがたい場所だったに違いない。

黒谷林道から、小幽沢に入ると早速メジロアブの愛の接吻を受ける。南会津の夏だ。堰堤を越えた先の右岸にはサワグルミの巨木がある。両岸をサワグルミに覆われた薄暗い渓の中ではイワナが悠々と泳ぐ。やがて森にはブナが混じりはじめ、泊まりたくなるような河原を見せてくれる。沢が開けると正面には朝日岳の鋸刃の稜線が姿を現す。連続する小滝を登っていくと、小餅葉沢と朝日沢を分ける二俣につく。朝日沢は3段15mほどの滝をはじめ5m以下の小滝をいくつか抱えているが、どれも難しいものはない。想像より早く伏流したが、少し登るとまた細い水流が戻る。詰めの二俣を間違え鋸刃へ直登してしまった。鋸刃の岩場にはニッコウキスゲが鮮やかに咲いている。稜線を少しの藪漕ぎで朝日岳の山頂だ。

昨今の沢登りの感覚で言うならば、簡単で何もない渓という評価になるかもしれない。裏を返すと、装備や情報が限られていた半世紀前において深く険しい会津朝日岳の山頂に行くための合理的な道だったということである。かつての登山者はあの森の中で一夜を明かし、山の恵みを受けながら小幽沢を辿っていったのだろう。かつての登山者たちが見た豊潤な森は、現代でも変わらずそこにあった。









 

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