杉川 大杉沢左俣 岩塔ルンゼ
"川内山塊における登山は「技術的なものは三割で、虻、山蛭、山壁蝨、蝮に負けないバイタリティが三割、加えて、"馬鹿が"といわれるやぶこぎの根気強さが四割の比重になることを肝に銘じておこう。」"という川内への愛に溢れた表現を登山大系では見ることができる。大系や風雪4号を読むと、亀田山岳会の岳人たちが、かつてどのようにして川内の山々と付き合い、向き合ってきたのかがよく分かる。
とりわけ、川内の杉川源流で最も手強いと聞く大杉沢は、マムシ尾根と大マムシ尾根という2つの「マムシ」の名を冠した尾根に囲われており、ただならぬ雰囲気を醸し出している。その大杉沢の左俣にあたる岩塔ルンゼは、どうにもならない川内山塊の典型的な井戸底を呈しているといわれており、一筋縄では行かない遡行を予感させる。
ヒルが蠢く杉川の林道をそそくさ抜けて入渓する。前日の雨の影響で水量が多いのか、杉川本流の遡行は意外に手を焼く。八匹沢出合までの連続するゴルジュは水流を辿れず何度も高巻きを強いられる。時間を食い、アカシガラ沢出合にあるという格好の幕場まで辿り着かなかったので、八匹沢出合を越えてすぐの適当な河原で幕営する。杉川本流は八匹沢出合以降は水量が落ち着いて、大杉沢出合いまではゆるやかな河原歩きとなり難所はない。
大杉沢は廊下状であるが朝日が差し込み束の間の晴れやかな気分だ。すぐに12m滝が現れるが、直登は難しそうだ。右岸から小さく巻き沢に戻る。釜をもつ2m滝の奥には、またしても登れなさそうな10m滝が控えている。大人しく右岸から少し大きく巻き上がる。沢床を少し歩くと、再び沢幅は狭まり6m滝が立ち塞がる。右壁を登りゴルジュに入る。廊下には先人の残置物が残っていた。続く6m滝を右から登ると沢が少し開ける。少し歩くとすぐに、側壁が迫ってきて、15mの滝とぶつかる。水流が強く直登ができなかったので右岸から巻く。大杉沢はここで二俣となる。岩塔ルンゼのある左俣に入ると、岩肌を剥き出しにした側壁が立ってくる。遠目に見て「登るのはアレじゃないよな」と思いながら、奥に進んでいくと、まさしくそれこそが岩塔ルンゼであった。両岸はせり上がり、怪しく黒く光る岩壁は、水が滴るどころでは済まない。むしろビシャビシャと雨のように水を降らせて毒々しく聳えている。障子岩と呼ばれる壮絶な岩壁の前で我々は、蛇ににらまれたカエルの如く、しばし固まってしまった。
岩塔ルンゼはまず、CS12m滝から始まる。右壁の階段状には泥や石が溜まっており、丁寧に除去しながら越える。続く7m滝を越えるとすぐにCS15m滝だ。深い溝にいるような沢の中には、障子岩からの雨が降り続ける。黒くぬめった岩は傾斜もあり、暗澹たる気持ちになる。右壁に活路を見出し滝を越える。CS8m滝、CS7m滝、CS7m滝と続くチョックストーンの滝は楽しく越える。いよいよ源頭の雰囲気になるも、地味な小滝がいくつか出てくる。ようやく水が枯れると藪っぽくなる。大マムシ尾根は少しの藪漕ぎだが、暑さと疲労で堪える。登山道に出て、銀太郎山に登ると、荒波のような沢が幻だったかのように、夕暮れに沈む静謐な川内の山々が目の前に広がっていた。
岩塔ルンゼは、川内の毒っ気がたっぷり詰まっている。杉川の本流の遡行、岩塔ルンゼのピリッとした登攀、川内名物の虻、馬鹿がとまではいかないが結構しんどい盛夏の低山藪漕ぎ。これらは川内山塊を10割(技術四割、虫四割、藪二割)味わい尽くせるスペシャルなご馳走だ。

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